『医療費窓口負担に関する年齢によらない真に公平な応能負担の実現』
『負担(支払)能力が高い人にはより多く負担してもらう』
『医療費窓口負担に関する年齢によらない真に公平な応能負担の実現』
『負担(支払)能力が高い人にはより多く負担してもらう』
クラシックのコンサートで演奏が終わった後、タイミングの良い「ブラボー」が場を盛り上げます。
しかし、曲名すら分かりもしないで演奏が終わるや否や我先に「ブラボー」を叫ぶ「フライングブラボーおじさん」が話題になっているそうです。
もっと酷いケースでは、演奏が途切れた瞬間に叫ぶ「超フライングブラボーおじさん」や拍手に出くわしたこともあります。
このような演奏会は、どんなに素晴らしい演奏会であっても一瞬で台無しになってしまいます。
そもそも名演奏に対して「ブラボー」と歓声を上げる文化があることは事実です。
指揮者がタクトを下ろして、音が完全に消えて静寂が訪れるまで待つのが常識です。
残響による余韻も、音楽鑑賞の重要な要素であることは間違いありません。
今では主催者側がチケットの販売時に、規約に迷惑行為に関する禁止事項や違反時の措置も定めているそうです。
また、
「音が消えゆく余韻を十分に感じてから拍手をお送り下さい」
と言った鑑賞ルールに反し、演奏が終わるや否や我先に「ブラボー」と叫ぶことは、他の観客の鑑賞を妨げ、主催者側の公演を妨害する違法な行為となり得るそうです。
結局は公園への影響など具体的な状況次第では、刑法の威力業務妨害罪が成立する余地があるため、主催者側や他の観客に対する民事上の損害賠償責任も無視できないそうです。
過去に私も「ブラボー」と叫びたいと思ったことがありましたが、考えてみれば素人ができるものでもないのでしょう。
クラシックに精通しているプロこそができる、『神業』だと思うようになりました。
私はもっぱら、黙って鑑賞するだけです。
樅楓舎(しょうふうしゃ)|山梨|ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの製作
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私の後輩には、コテコテの岸和田市出身の者が居ました。
黙っていたら、見るからに堅気ではないような風貌だったように記憶しています。
さて、岸和田といえば『だんじり』です。
例年、だんじりでは死亡者が出るほどのお祭りです。
このお祭りの見せ所の『やりまわし(道の角をスピードを出しながら曲がること)』で死亡事故が起きるとされています。
しかし、危険な『やりまわし』が無ければ、だんじりではない、と言われるほどの見せ場だそうです。
今年も岸和田市と泉佐野市で実施された『だんじり』で山車が転倒する事故が発生し、2名が死亡、十数名が重軽傷を負ったそうです。
毎年発生する事故で、酷い時は脳みそが飛び出たり、内臓が飛び出たりすることはよくあることで、だんじり参加者は即はっぴを脱ぎ事故にあった者を覆い隠すそうです。
私から言わせれば、この時代何故死亡事故が発生したにもかかわらず、警察案件にもならず中止にならないのだろう、と思います。
元々、だんじりの行われる地域は365日がだんじりで回っているそうです。
また、神事であることと、今もって祭りに反社勢力が参加しているのも『公然の事実』だそうです。
岸和田では、30くらいの町からだんじりが参加するそうで、一部の町では未だに反社や暴走族の番長クラスだった半グレのような人たちがあからさまに出入りしているそうです。
私たちのような他地域の住民にしてみれば考えられない感覚ですが、今年も死者が出ても大きな問題なく来年また実施されることでしょう。
因みに、死亡事故が発生した場合のだんじりは次年度は参加できないというルールはあるそうです。
だんじり以外には、長野県諏訪大社で開かれている6年に1度の御柱(おんばしら)祭りの最大の見せ場となる下社の『木落(おと)し』でも毎回死者が出ていますが、中止されることはありません。
当然、何百年も続いている神事であり、地域の者にしてみれば死亡事故はつきものとして考えられているのでしょう。
事故が起きないように最大限の取り組みは実施しているそうですが、中止までには至っていません。
現在、コンプライアンスの厳しい世の中であっても、神事である事故には警察も不介入になりやすいのでしょう。私にはよく理解できません。
神事も大切でありますが、現に昨今の高齢化や人口減少によって何百年も続いてきたお祭りを廃止している地域があることも事実です。
『だんじり』も昨今の高齢化により、承継している者が高齢化し死亡事故に繋がっている、とも言われているようです。
正直、死亡事故が継続している状況で実施することが間違いではないか、と思います。
それでも『だんじり』が無くなってしまうことになってしまったら、正直寂しさも出てくる私でしょう。
一つ言えることは、お祭りが過激なため、死亡事故を防ぐことは不可能でしょう。
(ちなみに、『だんじり』が高速化しているのは戦後頃に始まったものである、道路舗装などで道が広くなったことによる文化などとも言われているそうです。
つまり、歴史的なものではありますが、高速化したのはここ数十年の短い歴史だと言われているそうです。)
日本だんじり文化論: 摂河泉・瀬戸内の祭で育まれた神賑の民俗誌
静岡県立こども病院は、365gの赤ちゃんへの心臓治療の成功を発表しました。
2025年10月、妊娠25週目に緊急帝王切開で生まれた赤ちゃんは350gほどの『超低体重出生児』でした。
その赤ちゃんは、心臓から全身に血液を送る大動脈の一部が狭い『大動脈狭窄症(だいどうみゃくきょうさくしょう)』でしたが、生後わずか19日目の365gの時にカテーテルを使った『ステント』で大動脈の幅を広げる治療を行いました。
しかし、子ども専用のステントは世の中になく、大人用のステントを用いて治療を行うことになりました。失敗すれば、大動脈が破裂し死に至る危険性もあったそうです。
これまで同病院では低体重児に対して同様の治療を10例行っていたため、それが今回の治療の成功に繋がったようです。
さて、時代を遡ること田中角栄内閣時代に、一県一医大構想が起きました。
静岡県では、静岡市と浜松市が誘致合戦を行い、裁定を任された当時の県知事が誘致条件の整っていた浜松市を国に推薦し、今の浜松医大が始まりました。
当然、静岡市は黙っていませんでした。
大きな政争、そして条件闘争となりこの最低を受け入れる見返りとして、こども専門の病院を開設することで何とか収まったそうです。
過去の誘致合戦で負けてしまった静岡市のお陰(?)で、静岡県立こども病院が設立された結果、今回のような世界最軽量の赤ちゃんの手術まで出来るようになったことは事実であります。
現在では、当時の誘致合戦に負けて良かった、という市民も多いそうです。
今、超少子化の中、こども病院の存在は静岡市民だけではなく、県民にとっても心強い存在です。
また、近隣の山梨県のようなこども病院がない県民にとっても、心強い病院であることは間違いありません。
事実、この様な政治が関わる政争はよくあることであり、今現在も続いています。
しかし、当時は負けてしまっても、将来どのような結果になるかは分かりません。
当時、静岡市が医大を誘致できなかった『負けた過去があったからこその功績』です。
長野県立こども病院方式 超低出生体重児の管理マニュアル−改訂第2版
もしも病院に犬がいたら こども病院ではたらく犬、ベイリー (講談社青い鳥文庫 265-10)
タイ王国のスティダー王妃が自ら航空機(B737-800型)を操縦して、日本へ到着したそうです。
今回、札幌で開催されているアイスホッケー大会に招待され、来日したそうです。
元々、スティダー王妃は2000年代前半に、日本航空系やタイ国際空港で客室乗務員として働いていた異色の経歴があります。
その後、タイ軍隊に入隊し戦闘機のパイロットとしても活躍し、その後将軍(陸軍大将)に昇格された方であります。
今回は、自ら王室専用機の操縦桿を握り、札幌まで飛行してきたそうです。
日本の皇室では考えられませんが、まさに事実は小説より奇なりを地で行く王妃なのでしょう。
最後になりますが、パイロットから聞いた話です。
「自転車が乗れる人であれば誰でも飛行機を操縦できます」と
冗談なのか本当なのか、こればかりはパイロットになってみないと理解できませんが……。
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ハセガワ 1/200 ANA B737-800 トリトンブルー プラモデル 37
今年も早いもので、残り2ヶ月になりました。皆さんは、やり残したことはありませんか。
「後、2ヶ月しかない」「まだ2ヶ月もある」
と考えるのは、それぞれ人の感覚で違うと思いますが、残された期間を悔いなく過ごして頂きたいと切に願います。
さて、私が5年前に始めた日記帳(5年日記)が残すところ2ヶ月あまりとなりました。
始めた時は「始めるんじゃなかった」と後悔したことも事実であり、正直、今の悩みはもう1冊購入し継続しようか悩んでいる今日この頃です。
流石に今となってしまえば、毎日が習慣化しているため負担はありません。
12月31日で終了することもキリが良く、問題もないでしょう。
この1ヶ月悩み時の期間です。
終了するか、継続するかをしっかり検討したいと思います。
しかし、ここまで継続できたことを終了させてしまうことに対しても、勇気がいることも事実です。
そうは言っても、5年は早かったなぁ……。
SHOOTING 5年日記 手帳 日記帳 5年 横書き A5 日付け表示あり (グリーン)
クローズピン 5年日記 A5サイズ 368ページ 星空デザイン 灯台と星空 ハードカバー 金箔加工 フリータイプ 日本製 DI-16687
日本は世界でもっとも医療水準が高いことからこそ、寝たきりの高齢者が多いのでしょうか。
ヨーロッパの福祉大国であるデンマークやスウェーデンには、いわゆる
『寝たきり老人はいない』
と、どの福祉関係の書籍にも書かれているそうです。
また、アメリカ、イギリス、オーストラリアの医師たちも
「自分たちの国でも寝たきり老人はほとんどいない」
と口を揃えて言っているそうです。
一方、我が国のいわゆる老人病院には、一言も話せない胃ろう(口を介さずに胃に栄養剤を直接入れるために腹部にあけた穴)処置がなされた寝たきりの高齢者はたくさんいます。
さて、何故欧米には寝たきりの老人が居ないのでしょうか?
それは基本的に病院や老人介護施設には、寝たきりの高齢者や胃ろうの患者が居ないのが普通であるからだそうです。
その理由は、高齢あるいはガンなどで終末期を迎えると口から食べられなくなるのは当たり前で、胃ろうや点滴などの人工的に作られた栄養で延命を図ることは非論理的である、と国民皆が認識しているからだそうです。
逆にそのような処置をすることは、老人虐待という考え方さえあるそうです。
だからこそ、日本のように高齢で口から食べられなくなったからと言って、胃ろう処置をしませんし、点滴もしないそうです。
また、肺炎を起こしても抗生剤の注射もしないそうです。あくまで、内服投与のみ、だそうです。
結果的に両手を拘束するような必要も発生しませんし、つまり、多くの患者さんは寝たきりになる前に亡くなってしまい、寝たきりの高齢者が居ないのは当たり前だそうです。
欧米と日本のどちらが良いのかは分かりません。
しかし、全くものが言えず関節も固まって寝返りすらできない、胃ろうを外さないように両手を拘束されている認知症患者を日々目にしている医療関係者や福祉関係者は、人間の尊厳について考えざるを得ないことでしょう。
(※身体拘束は手軽・気軽に行う手段ではなく、しっかりとした条件を付けた上で短時間的に行うもの、とされています※)
正直、私は
「将来、原因が何であれ終末期に口から食べられなくなった時には、胃ろうを含む人工栄養などの延命処置は一切希望しない」
と書面にしておこう、と真剣に考えています。
胃ろう処置をしてまで寝たきりになった高齢者は、幸せなのでしょうか。
また、将来高齢福祉を支える若者が減少している中の超少子化がやってくる現状を考えた時、子ども達に延命処置をした高齢者の医療費負担までさせて良いのでしょうか。
私たち日本人も将来に向け何が幸せで、どの様な終末が理想的なのかを真剣に考えなければならない時期が到来しました。
胃ろう処置をして、拘束されながら寝ているだけの毎日が幸せでしょうか。
きっと本人は辛いから死なせて、と言いたいかもしれません。
しかし、残念ですがその時には寝たきりの高齢者の言葉さえ理解できずにいる私たちです。
これが幸せなのですか……。
「平穏死」を受け入れるレッスン: 自分はしてほしくないのに、なぜ親に延命治療をするのですか?
現在、少子高齢化で特に高齢者の介護にかかる費用が年々増加し、当然ながら社会保障費がうなぎ登りになっています。 同時に国民は社会保障費として、企業や個人負担が年々増加しています。 そんな問題もあり、2025年10月20日に自民党と日本維新の会の連立政権合意書に 『医療費窓口負担...