私が中学生時代は学校内のトイレを使用した覚えはありません。
何故かといえば、臭く、ツッパリ(不良)のたまり場になっており、便器や扉が壊れていて使用する状態ではなかったからです。
臭い理由は掃除がなされていないことも理由ですが、ツッパリの喫煙場所であり、又イジメの場所であったため排泄する場所とは言えませんでした。
今考えると、トイレを使用することなく我慢してまで家に帰ってから用を足したことを考えると、想像を絶します。
しかし、我慢せざるを得ないほど使用できる場所ではなかったのです。
今思い返すと想像できない環境でしたし、それが普通で先生方もしっかり指導する時代ではなかったと思います。
以前、ブログにも書きましたが、私の机が病欠後に登校すれば無くなっていること自体普通であり、無くなったことを先生に相談しても真剣に聞き入れてくれず
「自分で探しなさい」
という程度の時代でした。
今、自身が訪問介護の事業所を経営し高齢者から障害者の訪問に関わって感じることは、特に若者の障害者に関しては知的障害から精神疾患の者までいる中で考えることがあるということです。
私が中学生時のツッパリが起こしていた問題行動は、本人が知的障害か境界知能の状況で理解が出来ないからこそ起こしていた問題行動だったのではないか、と思います。
私自身大人になって中学生時代の方々と同窓会など参加する機会がないため、問題行動を起こしていた者との関わりがありません。
何とも言えませんが、往々にして知的障害か境界知能だったのではないか、と思います。
当時の先生方は、問題行動を起こす生徒はただ単にツッパリだと捉え、精神科への受診を促す時代ではありませんでした。
(そもそも精神科、というものが今ほど認知され理解されている時代でもありませんでした。)
現在は心療内科も増え、精神科への受診もハードルが下がり誰でも通院することができる時代となりました。
それぞれが適切な治療を受け、納得した毎日を送れるようになりました。
しかし、未だに自身が病気と分からず、また、家族も気付かずに毎日を過ごしている者が未だに居るのも事実です。
私たちが中学時代に問題行動を起こしていた生徒は、精神的な問題があった可能性は高いと思います。
これまで自身の行動に対して、何だか変だと感じたとしたら通院をしていたと思いますが、殆どの方は通院せずに過ごしているでしょう。
今現在、当時問題行動をしていた者と会ってみたいと思うこともあります。
それでも、何も変わっていないと思いますし、それこそ自身が改善していく問題だと思います。
正直、私はこれこそ「蛙の子は蛙」であり、変えることが難しい問題だと思います。
『カエルの子はカエラレル』と思うのですが……
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