昨今、少子高齢化に伴いお寺に入るという考え方も様変わりし、墓じまいをする方や検討する方が増えているそうです。
しかし、将来は子どもと一緒のお墓に入りたいという方も居るのも事実です。
実際、あの世はどのような世界なのでしょうか。日本では一般的にお墓に入る場合(あの世に行く場合)、戒名が付けられます。
戒名とは、仏教の教えに従う者として授かる『仏の弟子としての名前』であり、現代の日本では主に亡くなった人に付けられる『あの世(仏の世界)での名前』という意味で用いられています。
一般的な信士(しんし)・信女(しんにょ)で約20万~30万円、居士(こじ)・大姉(たいし)で約40万~60万円、院居士(いんこじ)・院大姉(いんたいし)で約80万~100万円だそうです。
この戒名こそが墓じまいを助長させる原因のひとつなのかもしれません。
そもそも私たちは仏の弟子になって、あの世でどんな生活を送ることができるでしょうか。
私など立派な人間でないため、仏の弟子になれるわけでもなくはなから弟子入りする気もありません。
一つ言えることは、今大変な日常生活を送っていることからもあの世へ行ったら先に亡くなった長男と一緒に毎日楽しく過ごすことを望んでいるだけです。
(ちなみに最近では、AIによって作って貰った戒名を使う人が居るという話もあるそうです。)
さて、墓じまいが進んでいる昨今ですが、墓じまいをすることは簡単に出来るわけでもありません。
正直、生前にお寺に高額なお金を渡すことで生涯何百年もそのままにしておいてくれるならば、それもありかな、と思う私です。
日本は将来的に少子高齢化が進み、墓じまいも出来ずにそのまま後を管理する家族が居なくなってしまうケースも出てくるでしょう。
我が家の父親が入っているお墓は、檀家がしっかり管理しているために、毎年何度か集まり掃除や総会が開かれています。
そんなお寺ということもあり、綺麗で地域の中では自慢のお寺だと思っています。
だからこそ、今の内に管理できる家族が亡くなった場合は何年後には、檀家として責任をもって墓じまいをします、などの取り決めも必要になってくるでしょう。
我が家でも兄弟間は将来的に、墓じまいをしようと話し合っています。
檀家でのルール化することによって、今、簡単にはできない墓じまいをお寺のルールとして出来るような流れになってほしい、と個人的には思っています。
無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない (幻冬舎新書 789)

