9月20日の朝は、久しぶりに早起きをするのが大変でした。それは19日の夜から始まったエリザベス女王の国葬中継を終了するまで観てしまったからです。
あれほどの儀式を挙行できる国力、殆どの国民が女王に対して敬意を表せる国民性は羨ましさを感じました。また、厳かな儀式の長時間映画を観たような気持ちになり、嬉しさと、悲しさの複雑な感動を覚えることは二度とないでしょう。
さて、日本においては故安倍元首相の国葬について毎日「反対」「賛成」がニュースになっています。現在、国民のアンケートによると「反対」が50%以上になったとも聞きます。
私には関心がないので、日本の「国葬」など「どうでもいい。」が正直な意見ですが、これが天皇陛下や期間の長短ではなく国民から愛される首相であったら問題になっていなかったのでしょう。
故安倍元首相に関しては在任中の働きについて、「外交に取り組んだ。」「景気が良くなった。」と賛成派の方からは声が上がりますが、私たちのような末端の国民にすれば評価に値しないことです。それ以外の身近なことで反感を買う様々な出来事があったからこそ「賛成」できないのです。
今回、エリザベス女王の国葬と日本の国葬について比べること自体が可笑しいと言われる方が居ますが、私が思うに「愛されていた」か「愛されていない」の違いだと思います。
イギリスへ行ったこともない私が画面を通じ、国葬に参加しました。また、たくさんの日本国民が私と同じように参加していたと思います。これが事実だと思います。
もし、エリザベス女王の国葬がDVDかBlu-rayといった形で販売されることがあったら、必ず購入して、もう一度ゆっくり観てみたいものです。
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