新しい年が明け、気持ちを新たに家族ゆっくり過ごそうと思っていた矢先、元旦に能登地震が発生しました。多くの命が失われ、たくさんの建物が崩壊、また火災により消失しました。以前より能登地方は地震が起こっていたので、何時かは大きな地震があることも予想されていました。
1月2日には、年末年始の1年間で一番混み合っている日本のハブ空港でもある羽田空港でJAL機と海上保安庁機の衝突焼失事故が発生しました。こちらも死亡者が発生し、痛ましい事故となりました。この海上保安庁機は、能登地震の被災地へ緊急援助品を空輸するため新潟空港に飛び立つ矢先の事故となり、何とも悲惨な事故になってしまいました。
しかしながら、事故対応時による支援中に発生する事故はよくあるので、このような時だからこそ特に安全確認は必要なのです。
さて、今回のJAL機と海上保安庁機の事故で考えられるのは、管制官のミスかJAL機か海上保安庁機の間違った動きの3点しか想像できません。
1月3日の朝の報道では、管制官の管制ミスとJAL機の間違いはなかったようです。しかし、海上保安庁機のパイロットによると同機が爆発したという情報もあるようです。今時点の情報から考えられるのは、JAL機が着陸した瞬間に海上保安庁機が爆発し衝突したか、あるいは同機が進んでしまいJAL機に衝突した2点が考えられます。
JAL機は着陸準備中に滑走路に何か発見した場合は「ゴーアラウンド」といって着陸回避する訓練を基本中の基本で常にやっていることなので問題なく回避できたはずですが……。
回避していなかったとなると着陸した瞬間に、海上保安庁機が衝突したのでしょう。今後、警視庁も動いて捜査される大型航空機事故案件に発展してしまいました。
今回はJAL機に死亡者がいなかったのは幸いですが、海上保安庁機に5名の死亡者が発生しています。
歴史を遡ると1971年7月30日に発生した全日空機雫石事故があります。こちらは満員の全日空機が全員死亡し、長期間の裁判が続き大変な事故だったのですが、この事故を思い出した方もいる位の大きな事故として、今後、語り継がれるのではないでしょうか。
これから詳細が分かり法律的、金銭的、その他すべてのかたがつくまでには時間が掛かるでしょう。
今後大事なことは、今回の能登地震やJAL機と海上保安庁機衝突事故で亡くなった方がいるので、死亡者が発生しないように時間をかけて検証し、対策することが悲惨な地震や事故で命が奪われないことに繋がります。
今回、亡くなられた方々に対してご冥福をお祈りいたします。
飛行機事故はなぜなくならないのか 55の事例でわかった本当の原因 (ブルーバックス)
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