『義を見てせざるは勇無きなり』は「ぎをみてせざるはゆうなきなり」と読みます。
論語の中でもよく知られている言葉で、現在でも語られています。
元々は中国の古典『論語』為政に登場する言葉であり、原文は
『子曰、日基鬼而祭之、諂也。見義不為、無勇也』
と記されています。現代語訳にすると
「孔子はこう語りました。自分の祖先でない霊を祭るのは、ご機嫌を取ろうとする心からである。正しいことだと知っていながら実行しないのは、本当の勇気がないからだ」
という意味になります。
また、英語では
“To see what is right without doing it bespeaks an absence of courage”
と用いられるそうです。訳としては
「正しいと分かっていながら行動しないのは、勇気がないことを示している」
という意味になります。
現在はいじめ現場を見ても見て見ぬふりをする人が増えていると聞きますが、そのような状況下こそ
『いじめ現場を見て、義を見てざるは勇なきありだと感じ、自分に出来ることを考え行動しました』
と行動して頂きたいものです。
私たちの生きている現代社会は生きにくく、一歩踏み出すことに対して勇気がいります。
そんな時こそ、目の前の事実に対して行動できる生き方こそ、建設的であり他人のためになります。
以前の日本人は皆が助け合いながら生きていたはずです。
この混沌とした国内を明るい社会に戻すには『義を見てせざるは勇無きなり』しかないでしょう。
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