インターネットでは、毎日退職後の年金の話が尽きません。
そんな中、殆どの方は定年後も働かないと生活していく事が出来ないため「一生働く」という方が増えているのも事実です。
政府では『人生百年』『生涯現役』などという言葉を使用しますが、現実的には『自己責任』と言われているような気がするのは、私だけではないでしょう。
私が中学生の時でしょうか。授業で
『はたらけど はたらけど猶(なお) わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る』
と学びました。
これは石川啄木の第一歌集『一握りの砂』に収録された名歌なので、国語の教科書に載っていたのでしょう。
その当時は理解できませんでした。
「はたらけど はたらけど猶」という言葉の反復で、汗水たらして働き続ける実直なイメージが湧いてきます。
「わが生活 楽にならざり」という状況説明後、
「ぢつと手を見る」という動作の描写で、辛さが込みあがってきます。
この人物の手は、毎日の労働で身体を酷使している自分の手を、思わず見つめては途方に暮れて、それでも毎日働き続けなければならない、と歌っているのでしょう。
さて、私たちは退職後の年金の低さで、一生働かなければならないと愚痴っています。
それは、石川啄木の歌にあるように「はたらけど ……」と当時も今も、変わらないのでしょうか。
いや、現代は年金がありますし、生活環境も向上していることを考えると、何も悲観的になることはないでしょう。
考えてみて下さい。私たちが一生現役と言っても、石川啄木の歌のように涙が出るような働き方はないでしょう。
ポケットアンソロジー石川啄木作品アンソロジー「エッセンシャル啄木」
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