東京都立高校の教諭の男が、勤務する高校の男子生徒2人と共に住宅に侵入し盗みをしようとした、として警視庁に逮捕されたそうです。
住居侵入と窃盗未遂の疑いで逮捕されたのは、都立高の教諭(26)。
勤めている高校の男子生徒2人と共に、都内にある70代男性の住宅に侵入し、盗みを働こうとした疑いだそうです。
この住宅の周辺では、今年1月から2月にかけて『空き巣』被害が相次いでいたそうです。
警視庁が捜査を進める中で、関与が疑われた高校生の話から男性教諭が犯行に関わった疑いが浮上したそうです。
男性教諭は、男子生徒に
「仏壇の『おりん(梵音具(ぼんおんぐ))』は純金で高く売れるから探した方が良いよ」
などとアドバイスしたり、盗んだ物品をフリマサイトで売却する方法を教えていたそうです。
取り調べに対し、男性教諭は
「私は農機具が置いてある車庫みたいな所に入ったけど、窓から入った記憶はありません」
と容疑を一部否認した上で
「生徒たちが前々から廃墟に侵入して物を盗んでいることを聞いて、私自身、肝試し的な感覚で興味があったのでついて行きました」
と供述しているそうです。
昔は教諭と言えば『聖職』と言われ、生徒に対して
「人間としてお手本として生きる」
「子どものためには全てを投げ打っても力を尽くす」
と言われていました。
しかし、このような事件が起きてしまうと聖職ではなくただの『労働者』であり、生徒と一緒になって犯罪行為を起こすこともあるのかもしれない、と思ってしまいます。
教育基本法第二章:教育の実施に関する基本に教員という項目があり、そこには
『法律に定める学校の教員は、自己の崇高(すうこう)な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に勤めなければならない』
と記載されています。
『聖職』とは言わないまでも、他の職種よりも厳格なモラルが求められているには間違いなさそうです。
そもそも、昨今は教諭の成り手が少なく、採用時に人となりをしっかり見抜くことも難しいのかもしれません。
私に言わせれば昔も今も変わりなく、聖職と呼んでいた時代が間違っていたと思います。
何故かと言えば、私自身尊敬できる教諭に出会ったことがなく、将来にわたってお付き合いしたいと感じた教諭に出会ったことがないからです。
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