私の後輩には、コテコテの岸和田市出身の者が居ました。
黙っていたら、見るからに堅気ではないような風貌だったように記憶しています。
さて、岸和田といえば『だんじり』です。
例年、だんじりでは死亡者が出るほどのお祭りです。
このお祭りの見せ所の『やりまわし(道の角をスピードを出しながら曲がること)』で死亡事故が起きるとされています。
しかし、危険な『やりまわし』が無ければ、だんじりではない、と言われるほどの見せ場だそうです。
今年も岸和田市と泉佐野市で実施された『だんじり』で山車が転倒する事故が発生し、2名が死亡、十数名が重軽傷を負ったそうです。
毎年発生する事故で、酷い時は脳みそが飛び出たり、内臓が飛び出たりすることはよくあることで、だんじり参加者は即はっぴを脱ぎ事故にあった者を覆い隠すそうです。
私から言わせれば、この時代何故死亡事故が発生したにもかかわらず、警察案件にもならず中止にならないのだろう、と思います。
元々、だんじりの行われる地域は365日がだんじりで回っているそうです。
また、神事であることと、今もって祭りに反社勢力が参加しているのも『公然の事実』だそうです。
岸和田では、30くらいの町からだんじりが参加するそうで、一部の町では未だに反社や暴走族の番長クラスだった半グレのような人たちがあからさまに出入りしているそうです。
私たちのような他地域の住民にしてみれば考えられない感覚ですが、今年も死者が出ても大きな問題なく来年また実施されることでしょう。
因みに、死亡事故が発生した場合のだんじりは次年度は参加できないというルールはあるそうです。
だんじり以外には、長野県諏訪大社で開かれている6年に1度の御柱(おんばしら)祭りの最大の見せ場となる下社の『木落(おと)し』でも毎回死者が出ていますが、中止されることはありません。
当然、何百年も続いている神事であり、地域の者にしてみれば死亡事故はつきものとして考えられているのでしょう。
事故が起きないように最大限の取り組みは実施しているそうですが、中止までには至っていません。
現在、コンプライアンスの厳しい世の中であっても、神事である事故には警察も不介入になりやすいのでしょう。私にはよく理解できません。
神事も大切でありますが、現に昨今の高齢化や人口減少によって何百年も続いてきたお祭りを廃止している地域があることも事実です。
『だんじり』も昨今の高齢化により、承継している者が高齢化し死亡事故に繋がっている、とも言われているようです。
正直、死亡事故が継続している状況で実施することが間違いではないか、と思います。
それでも『だんじり』が無くなってしまうことになってしまったら、正直寂しさも出てくる私でしょう。
一つ言えることは、お祭りが過激なため、死亡事故を防ぐことは不可能でしょう。
(ちなみに、『だんじり』が高速化しているのは戦後頃に始まったものである、道路舗装などで道が広くなったことによる文化などとも言われているそうです。
つまり、歴史的なものではありますが、高速化したのはここ数十年の短い歴史だと言われているそうです。)
日本だんじり文化論: 摂河泉・瀬戸内の祭で育まれた神賑の民俗誌
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